言葉の紹介

ここでは、リトルヨーロッパのフランス語・イタリア語・ドイツ語・スペイン語の講師が順番に
「好きな言葉・名言」や「好きなフレーズ」を選んで解説とコメントをしていきます。
Desde pequeña mis abuelos y mis padres siempre me lo decían y por ello hasta el momento lo que hago lo realizo con interes y empeño y lo que sé trato de enseñarle a los demás con mucho gusto.
Cualquier cosa que quieras hacer no importa lo que sea desde que tenga un verdadero valor hagalo porque la vida del ser humano es muy corta tiene su final.
小さい頃から祖父母や両親にずっと言われてきた言葉です。
今まで興味を持ったことを一生懸命に行い、学んだことを人に伝えるように心がけてきました。
人間の一生は短いので、興味のあることなら何でもいいです。
一つだけでも意味のあることを一生懸命にやってみましょう。
〈 記:Rosa PABON DE MIYAZAKI 宮崎ロサ / スペイン語講師 〉
Ettore Sottsass〈建築家・インダストリアルデザイナー〉が、あるインタビューで答えた言葉です。
この文章をイタリア人が読めば、”La paura di che cosa?(何の不安?)”と言われそうですが、色々な意味に解釈できる言葉だと思います。例えば、新しいことにチャレンジすることへの不安。
イタリアにはSottsassを始め、世界に誇るデザイナーや建築家が数多くいます。詩的で、哲学的で、ユニークな彼らの言葉を聴く時、いつも新鮮な衝撃を受けます。
イタリアですぐれたデザインが生まれるのは、数百年の伝統を基盤にしながら、未知の世界に入っていく勇気をもって作られるから、なのですね。
【このインタビューはYOU TUBEで見られます。http://www.youtube.com/watch?v=qQixXON-wIQ 】
〈 記:Miho HIROSE 廣瀬 美穂 / イタリア語講師 〉
「もし、誰かが南米に行くのなら、例えばコロンビアやあるいはモンテビデオをすすめる、ブエノスアイレスではなく。大きすぎて、灰色過ぎるこの街を寂しい所だと彼らには言う。それは彼らにこの街を気に入る権利がないと思っているからかもしれない。それに通常、外国人が好むものに自分が興味を抱くことは少ない。」
1899年、アルゼンチン生まれの作家で詩人であるホルヘ・ルイス・ボルヘスの言葉は、傲慢にも聞こえるかもしれません。ただ恐らく、どこの都会であっても、あるいは全く手つかずの集落であっても、愛しているものがタンゴではないだけで、異口同音に聞かないでしょうか。
Yo no bebo, no fumo, no escucho la radio, no me drogo, como poco. Yo diría que mis únicos vicios son El Quijote, La divina comedia y no incurrir en la lectura de Enrique Larreta ni de Benavente.
「酒も飲まず、煙草も吸わず、ラジオも聞かず、薬もやらず、少食。数少ない私の悪癖は、ドン・キホーテ、神曲で、エンリケ・ラレタ(*1)やベナンテ(*2)は読まず。」
ただの生活説明も韻を踏んで、思想も主義もつぎ込む作家魂。
He cometido el peor de los pecados que un hombre puede cometer. No he sido feliz.
「人が犯しうる最悪の罪を犯してしまった。幸せでなかった。」
*1:エンリケ・ロドリゲス・ラレタ(1873–1961):アルゼンチン作家、イスパノアメリカのモダニズムの代表作者。
*2:ハシント・ベナベンテ(1866年-1954年):スペインで最も重要な劇作家の一人。1922年ノーベル文学賞を受賞。自由主義的な君主主義者で、社会主義に対して批判的であった。
〈 記:Gonzalo NIETO ニエト ゴンザロ / スペイン語講師 〉
ドイツで広く愛されている、民謡のタイトルです。
学生歌としてもポピュラーで、政治的圧力の強い時代には、自由と独立を求める気持ちの表現として歌われてきました。
1780年に、歌詞がビラで撒かれたのが始まりで、1810年から1820年の間にメロディーがつけられ、スイスのベルンで発行された「ブリエンツ少女歌集」に載せられました。1842年にはホフマン・フォン・ファラースレーベンとエルンスト・リヒターによって、「シレジア(現在のポーランド南部の重工業地帯で旧ドイツ領)民謡集」の中で発表されました。現在の歌詞はホフマン・フォン・ファラースレーベンの手によるものです。 すでに13世紀には、フライダンクとヴァルター・フォン・デァ・フォーゲルバイデ(中世ドイツ最大の叙情詩人。菩提樹の木の下での作者)によって、モチーフは出来上がっていました。
Die Gedanken sind frei 思想は自由である
wer kann sie erraten? 誰にも言い当てられない
Sie fliehen vorbei 夜の影のように
wie nächtliche Schatten. さらりと逃げさる
Kein Mensch kann sie wissen, 他の誰にも知ることはできないし、
kein Jäger erschießen 弾薬があっても
mit Pulver und Blei 狩人も射止められない
Die Gedanken sind frei ! 思想は自由なのだ !
映画「白バラは死なず」の主人公、ショル兄妹の妹、ゾフィーショルは1942年、ヒットラーを批判した旨で父が拘留された時、父のいる監獄の壁によりかかってこの曲を父にフルートで吹いて聞かせました。 また1990年には、世界的なヒットとなった反戦歌ポップス「ロックバルーンは99」を歌ったNenaが、アルバム「5月よ、早くやってこい」の中に、22の子供の歌と一緒にこの歌を収録しています。このように時代を越えて愛され、現在も様々なバージョンで歌われていますが、この芯の強い歌詞、なんともドイツ的ではありませんか。この歌を聴くたびに、なんだかドイツ人の強い魂を感じるような気がして、日々に翻弄されているわたしなど、思わず頭の下がる思いがします。
〈 記:Nobuko MIZUKAMI 水上 信子 / ドイツ語講師 〉
ロベール・ブレッソンは、フランスの映画監督・脚本家です。
映画という技術について考えてみましょう。
予算が十分にあるからいいものを作れる訳ではありません。逆に、十分な予算、最新技術が使える環境や機材がないからこそ、監督が手元にあるもので作らざるを得ないことで、革新すべき状況に置かれていると言え、それは決して悪いことではないように思います。確かに、作品は道具が作るのではなく、あくまでも人間の才能で完成するものだと思うからです。
- Il n'y a point de mauvais outils. Seulement de mauvais ouvriers. -
「悪い道具なんてない。あるのは悪い作業員だけ。」
という辛口で、フランスらしいことわざも思い浮かびます。
勉強についても同じようなことを言えるかもしれません。
自分としても、日本語の勉強をし始めてから20年近くになります。終わりがなく、常に"勉強中"です。
最近始まったことではありませんが、新しい技術が発達していくことで、さまざまな学習ツールが出回っています。
「これを持ってたら/読んだら絶対合格できる」「寝ながら覚えられる」「一日10分でマスターできる」など、
いわゆる「勉強=努力しなくてもこれさえあればできる!」のような"楽さ"を売りにした学習ツールが特に目立つようになった気がします。
ここでは最新技術について、あれこれ言うつもりはありませんが、かなりの努力家であったロベール・ブレッソンのこの言葉を久しぶりに目にした時にひとつのことを思い出しました:
「自分の可能性をうまく活用していくことに楽な道はなく、とにかく努力すること」だということを。
〈 記:Christophe MARTI マルティ クリストフ / 校長・フランス語講師 〉
リトルヨーロッパの名刺のようなカードをご覧になったことがありますか?
パートナー店などに配布しておりますので、もし「あっ!」と街のどこかで見かけることがございましたら、お手に取ってご覧ください。
カードに書かれた4カ国語のことばの意味の答えは、下記のとおりです。
何カ国語が理解できましたか?
[直訳]「望めばできる」または「意志のあるところにはその道がある」
2. 似た意味の「ことわざ」ってどう言うの?
[直訳]「鍛冶屋になるのは、鉄を打ってこそです」
[直訳] 忍耐は強い人の美徳です。